旧優生保護法の強制不妊手術に思うこと

旧優生保護法の強制不妊手術に思うこと

先日、旧優生保護法のもとで強制的に不妊手術をさせられた60代と70代の女性が国に対して損害賠償をもとめた裁判が、棄却に終わったニュースがありましたね。

旧優生保護法下での強制不妊判決 違憲も国への損害賠償は認めず

手術から20年が過ぎ、損害賠償を請求する権利は消滅したとした。

https://www.huffingtonpost.jp/entry/eugenic-protection-act_jp_5cedecf7e4b0793c234731f0

このニュースをみたとき、私は不妊手術をしたい……という思いが頭をよぎりました。

私が広汎性発達障害で、ADHDもミックスされていて、元夫はアスペルガー要素が濃厚な特性持ちでした。

そんなカップルの間に授かった我が子。私が医師ではないので確実とは言えませんが、ADHDっぷりが随所に見られるのです。

育児に疲れているイラスト

発達障害は遺伝と環境に左右されると主治医は言いますが、私の中では100%遺伝だと考えています。

遺伝子だと思う根拠

これも私の勝手な見立てで、医師の診断があるわけでは無いのですが、私の父はアスペルガー、母がADHDな夫婦です。二人の間に、私という人間が生まれ、学歴だけは高いだけで一般社会で生きることにとても苦労していて、障害福祉サービスという行政のお世話にもなっています。

それをふまえると、私が2人め、3人めを出産するとなったら、確実に脳の成長に凸凹をもって生まれてくることになります。

ママの人生を繰り返してほしくない(涙

自分が社会の中でとても生きづらい気持ちで日々を過ごし、二次障害として不安障害という気分障害を併発しているという現実。

この世界から逃げて死んで楽になりたいという気持ちにふと駆られてしまう現実。

はたして私の遺伝子をうけついで生まれてくる子どもに、幸福な人生を送れるのだろうか……という気持ちで頭がいっぱいになります。

子どもは親を選べません。遺伝子を選べません。子どもに不合理を強いるのではないか、と。

もちろん生んだら、私は一生懸命愛情を注いで育てます。

けれど、学校や社会という集団の中に放り出されたとき――。私と同じように厳しい現実に直面し、途方に暮れるのが容易に想像ができます。

もし私が、我が子を生んでいなかったら……と思うと、優生保護法は一つの選択肢として有りなんじゃないか、そう考えてしまうのです。

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