こんにちは、発達障害ママです。今日は、未就学児童の頃の自分がどのような子だったか、特徴を記録したいと思います。

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園庭遊びの時間が苦痛


私が通園していた保育園では、天気のいい日の午前中は園庭遊びがお決まりでした。

砂場で家族ごっこ遊び、ボール遊び、陣取りゲーム、etc……みなめいめいに自然とグループになって遊びます。ところが私はどのグループにも入れません。心優しい誰かが誘ってくれない限り、自分から集団の中に入っていけませんでした。

園庭のすみっこで一人しゃがみこみ、地面に絵を描いていました。

しばらくすると、お友達と仲良くするのが得意な子が、私を砂場あそびに誘ってくれてごっこ遊びが始まります。ところが、私はそれに楽しみを見いだせませんでした。

砂を茶碗にいれてもご飯には見えないし、丸く型をとって重ねてもケーキには見えません。砂に水を含ませて三角に握ってもおにぎりに見えません。

砂は砂なのです。

「もぐもぐもぐ、美味しいね~!」と、友達が笑顔で話しかけてくれるので、必死に「うん、美味しいね」って嘘をついて合わせていました。

写真を撮られるのが極度に苦手

写真撮影NG

これは障害とは無関係かもしれませんが、カメラを向けられるとひどく緊張しまして笑顔を作ることができず、いつも涙目で引きつった顔の写真しかありませんでした。

というのも、父から「醜い、ブス、ブサイク、人様に見られた顔じゃない」と言われ、自分の見た目がひどい顔なんだというコンプレックスが3歳の頃にはすでに出来上がっていたのでした。ブスな顔を写真に撮られるのが恐ろしかったです。

自分は捨て子だと思っていた

祖父母・両親から、なにか躾で怒られるたびに「お前は川から拾ってきた子どもなんだ」と言われたのですが、私はその言葉通りに本当に信じてしまっていました。自分は捨てられた子どもで、この大人の人達は育ての親なんだ、と。

弟はお菓子やおもちゃをいつも買ってもらえて、私は時々絵本を買ってもらう程度。お菓子は弟の残り物を食べました。いくら4、5歳児でも、明らかに大人たちからの扱いに差があるのは理解できました。

本当の親はどこか別のところに住んでいて、いつの日か私を迎えに来てくれる、と信じていたのでした。

大人の顔色を伺う

怒った顔

私は長女だからと、躾という大義名分のもと厳しく育てられましたが、特に父親からの怒声・罵声に怯える子どもでした。父親の目つき、眉間のシワ、眉毛の動き、声のトーン、うつむき加減など、不機嫌じゃないかどうか内心びくびくしながら話しかけていました。

母は仕事をしながら家事一切をこなさなければならなく余裕が無かったのだと思いますが、常にイライラしている感じで、話しかけるタイミングを探るクセがついていました。

弟たちがなにかイタズラをすると、きちんと見張っていない私が悪いと怒られるので、両親の機嫌が悪そうなときは全力で弟たちの面倒をみました。

マイペース過ぎると言われていた

自分から起床することが一度もなく、母から声をかけられるまで寝続ける子どもでした。登園時間は朝8時30分までだったのですが、朝の身支度はゆっくりで、いつも母をイライラさせていました。登園時間ぎりぎりか、少し遅れるため、ほぼ毎日クラスで一番遅く登園していました。

好きなことに集中すると周囲からの話しかけに一切気づかない

お絵かき
お絵かき

絵を描くことと絵本を読むことが大好きで、周囲から話しかけられても気づかないほどでした。祖母からは「耳きかん児(耳の不自由な子ども)」と言われるほどでした。

絵本で思い入れがあったのは「小公女セーラ」と「醜いアヒルの子」と「シンデレラ」でした。育つ環境で冷遇を受ける主人公が幸せになるというストーリーに自分を重ねていたのだと思います。

衣服へのこだわりが強い

ピンクや赤で、レース襟のついたトップスをヘビーローテションしていました。運動会で走りやすい格好をしてくるよう担任から言われても、スカートで運動会に参加したほどでした。

TPOに関係なく、女の子らしい服装へのこだわりがとても強い子どもでした。

食べこぼしがひどい

手先が不器用なことと物理的な距離感の把握ができていないことのせいか、お椀を持とうとして手を滑らせたり、箸やスプーンで食べ物を口に運んだつもりが口に入っていなくて手前で落としたりと、とにかく食べこぼしが多い子どもでした。

こぼすたびに母親のため息と父親の罵声が飛んできました。保育園でも先生に注意されてばかりで、担任が母に「箸での食べ方が上手になれませんね。」と言っていたのを鮮明に覚えています。

これは大人になってもあまり改善できていません……。

通園バッグの中身を道端で落とす

通園バッグのジッパーを締め忘れて登園し、途中で何故かバッグの中身を落としていました。お手紙だったり、提出物だったり、おしぼりだったり……。
バッグを斜めにした覚えもないのに落ちていました。 「落ちたら気づくでしょ!!」と母から怒られていましたが、まったく気づけませんでした。

通学路の周りは田んぼだらけの一本道で人通りも無い田舎でしたので、落としたものがそのまま道端に落ちていて、かならず見つけられたことだけは幸いでした。

幼い自分を振り返って思うこと

今、自分が3歳の子を持つ身になって過去を振り返ると、育てにくい子どもだったのかなぁと思います。

父親の私に対する厳しいしつけは、私が他の子と違いすぎたからなのだろうと思います。自分では気づかなかったけれどおそらく普通じゃなかったから。

躾の結果として愛情に飢えた、自尊感情の低い人間に育ちました。今も父親へのわだかまりは根深く、消えることはありません。

息子に対して育てにくさを感じていても、怒鳴ったり、私の顔色を伺うような思いをさせないように、いつも笑顔で接しようと奮い立たせてくれる糧になっています。

自分らしさを失わせずに育てたい

そう願うばかりです。